「魔法の世紀」を生き抜くために

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落合陽一の『魔法の世紀』という本を読んだ。著者の主張はこうだ。

 

二十世紀は「映像の世紀」であったが、これからは「魔法の世紀」となるだろう。「魔法」とは、高度に発達したテクノロジーによって機械やデヴァイスの存在が人間の意識にのぼることがないほど周囲の環境や人間の肉体に溶け込んでしまっている状態において、音や光、電気や熱といったものの調整値や組み合わせが表現されたコードが、人間に意識されない機械やデヴァイスを通じて発現し、物質に直接はたらきかけることができるようになる。

 

著者は「魔法」という言葉をそのような意味で用いている。

 

また、人間の意思や行動が機械やデヴァイスの規格によって制限されることがなくなる一方、AI(人工知能)が人間の意思や行動に大きな影響を与え、互いに密接に干渉しあっている状態の中で人間は生きていかなければいけない。

 

著者の主張は他にもあるが、僕の理解ではざっとこんなところだ。

 

素晴らしき未来

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「魔法」を使える世界では、直接手を触れることなくモノを動かしたり浮かべたりすることができる。

 

情報は完璧に再現することができるから、ライヴ会場やスタジアムに直接足を運ぶ必要もない。バルセロナFC VS レアル・マドリーの試合をVIP席から観ることができるだろう。試合会場に身を置いてるかのように、観客の歓声や監督の指示を出す声が聞こえ、スタジアムの照明のまぶしさに顔をしかめたりするかもしれない。

 

また、発達したAI(人工知能)の判断力は人間のそれをはるかに上回っており、日常、遭遇するほとんど全ての問題に対して適切な解決策を提案してくれるようになる。好きな人をデートに誘う方法を教えてくれたり、口説き文句だって考えてくれるだろう。

 

こんな世界がやってきたら、僕たちが今やっている勉強や仕事のほとんどはする必要がない。そんなとき、僕たちは何をやって生きていけばいいのだろうか。それでもなお、人間に期待される役割、能力とは何だろうか。頭を絞って考えてみた。

 

指針を示すこと

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機械や人工知能は進化し続ける。最も効率的で最も合理的な選択肢を計算で導き出し、実践し続ける。

 

ただ、何に向かって効率的・合理的に進化するのかについては、人間が決めた上で与えてあげる必要がある。 機械や人工知能は人間と違って存在し続けること自体が目的となっているわけではないからだ。

 

スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』やジェームズ・キャメロンの『ターミネーター』といった映画は、人間がつくり出した機械や人工知能が人間のように自らが存在し続けることを目的とするようになり、そのために人間を排除しようと反乱を起こすというディストピア物語だ。

 

近々、こういったSF作品がまた流行るようになるかもしれない。

 

革新すること

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機械や人工知能は過去から現在までに蓄積された膨大な情報を処理することによって最適な解を導き出す。しかし、本当の意味で革新的なモノに関して言えば、その全てではないが過去と現在から断絶していることが多い。

 

その断絶を飛びこえ、自らの信じる未来に立脚して行動しモノを生み出すことは、不完全で欠陥があり、非合理的な人間だからこそできることではないだろうか。

 

また、新しい発見というものは往々にして偶然が作用する。その偶然に気がつき、「もしかしたらこんなことに使えるかも」「こういうことに応用できるかもしれない」と考えることができるのも人間の強みだろう。

 

そのような偶然は、機械や人工知能は与えられた指針にそぐわなければ排除するだけである。

 

おわりに

少し頭を絞って考えてみたが、これからの時代に必要とされるであろう能力は、今の時代に必要とされているものと同様だ。さらに言えば、人間の歴史にダイナミズムを与えてきたリーダーや天才たちがもっていた能力と同じものである。

 

もし、これらについても人間に代わって機械や人工知能がその役割を担ってくれるとしたら、人間はただただ存在し続けることだけを動機に生きる、動物と変わらなくなってしまうかもしれない。

 

ただ、まあ、そこまで悲観的になることはないだろう。僕はこれからの時代に起こる変化を楽しみにしている。少しでも長生きできるよう、健康管理に気を配るばかりである。

 

参考文献