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ブログ、再始動します

Start

 ブログの運営については、過去に何回かトライしていていずれも挫折してきました。それで、ここ三ヶ月くらいずっと小説を書いていたんですけど、小説を書きながら「こんな風にブログを書けば長く続けることができるんじゃないか」っていう自分なりの書き方というか、そういうのがなんとなくつかめたのでこれから少なくとも数ヶ月はブログを続けてみようかなって考えてます。ひとつの挑戦というか実験ですね。

 ブログの書き方については、いろんな場所でいろんなひとがいろんなこと言ってますね。僕もそういったものを参考に自分なりに書いていこうと思ってたんです。ちゃんと情報を整理して、章立てして、余計なことは書かないでって感じで。あと、写真をつけたりキーワードを使用したり、タイトルをものすごく練ったりとか。でも、それだと書いてて全然たのしくない。文章を書くっていうことをそんなに理性的に考えないで、もっと肉体的なものとしてとらえたほうがいい。そのほうがよっぽど楽しい。ぼくもこの文体で書いていると、広い原っぱを思い切り走り回っているような感覚になります。頭で考えながら書いていたときは、そんな感覚はまったくありませんでした。だから、ものすごく苦しかったし楽しくなかった。学校の宿題やるときの気分とか、やりたくもない部活をやらされていたときの気分とか、あれに近い感覚です。

 あと誤字とか脱字とかも気にしないようにしていこうかなと。別にぼくのブログを読んで日本語の勉強をしようとか思わないでしょ。ほとんどのひとは。日本語の勉強しようと思うひとは、自分で辞書で調べるなり文法書ひもといたりすると思うんで、ぼくは思いっきり口語に近い文体でとりあえず書いてみようかなって思ってます。

 ラジオみたいな雰囲気になるといいなって思うんですよ。ラジオってべつに体系的な知識とか、すぐに役立つ情報とか、そういう性質のものを発信する媒体じゃないと思ってるんですよね。話だってめちゃくちゃ面白いわけじゃない。でも、ちょっと面白いし、何より知り合いの話を聞いているような気楽さがある。トークの内容もテレビとかにくらべるとすごくプライベートな内容だし。しかも、ラジオなんてやってもたいしてお金にならないから、金儲けしたいひとたちが全くいない。そこが気持ちいい。

 影響力のあるメディアって発言とかにも気をつけなきゃいけないし、やっぱりお金になるからそういったお金儲けしたいひとたちの思惑とか利権とかそういったものが絡んできて、ある意味ものすごく自由のきかない、不自由な場所だと思いますし、そういう場所に身をおくってことはものすごく用心深くなきゃいけないだろうし、頭もよくないといけないだろうし、とにかくいろいろと面倒くさいだろうなと。それに、情報を受け取る側は見たくないものとか聞きたくないものを無理矢理、見せられたり聞かされたりしますし。

 そもそも何か情報を発信しようとするときにお金のことを考えすぎるひとが多すぎる。それで広告をベタベタはって、面白くもなんともない記事とか動画をみせられたりすることになって、それがものすごくうっとうしいんですよ。

 お金が最低限必要だって話はよく分かりますけど、そうかといってお金を儲けることだけを考えて情報を発信するっていうのはいかがなことかと。映画とか小説とか芸術とかもそうなんですけど、そういったものを使ってわざわざ金儲けしなくても別の場所でやってりゃいいんじゃないかって常々思うんですけどね。なんだか、そういった領域もすみからすみまで拝金主義に毒されて、いったいそういうのに毒されていない分野ってあとどれほど残ってるのかな、そういう圧倒的な潮流に対抗することはやはり難しいのかなとかって思いますけど。

 自分の家族と友達と話するときって、お金のこととか役に立つとかたたないとかあまり考えないでしょ。そういったブログがあってもいいんじゃないかって思うし、自分のブログがそういうかたちになっていけばいいと思っています。

 あと、文字量についてなんですけど、これは一日約四千字を目標にしています。昔ながらの四百字詰め原稿用紙に換算すると十枚ですね。一日に原稿用紙十枚も書くことあるのかなって思ったりしますけど、これもさっきからたびたび例としてあげてますけど、家族とか友達と話するときってなんとなく話は続きますよね。もちろん、気の合わないひととか話の合わないひととそんなにたくさん話すのは無理ですよ。これも一番最初の話と少しつながるんですけど、自分にとって自然ではない文体をつかって文章を書こうとすると、すぐにこの「書けない」っていう壁にぶつかると思います。いろいろ議論があるところだと思いますけど、自分にとって自然な、ナチュラルな文体をつかって書くのがいいと思いますね。それはブログであったとしても小説であったとしても。

 一日約四千字。これって書くほうとしてはそれなりに時間と労力のかかる文字量なんですけど、読む量としては驚くほど時間がかからないんです。三ヶ月くらい小説書いててそのことがよく分かりました。ぼくは大体午後の時間をつかって小説を書いてたんですけど、やっぱり最低でも三時間くらいかかるわけですよ。三時間って言ってもそれなりに集中してる三時間なんで、けっこう疲れる。で、自分が今日はなに書いたかなって読み返すと、読むのに五分もかからない。むかし、RPGツクールっていうRPGをつくるファミコンソフトがあったんですけど、ぼくはやったことないんですけどそれをやったことがある後輩が、何時間もかけてほんの少ししかできないって言ってましたけど、まあ、なんであれ作品をつくるっていうのはそういうことなんですよね。

 この事実はぼくにとっていいことでもあり悪いことでもあるんですけど、いいことは何かっていうと読むひとは時間をかけずにあっとう間に読めてしまうってことなんです。同じことを繰り返しているだけじゃないかって言われそうですけど、つまり、読み手の隙間時間にくいこめる可能性があるっていうことです。たとえば、これが読み手のほうに一五分くらいの時間をとってしまう文字量であれば削る必要がある。こういったご時世ですから、文字だけのものを一五分もかけて読むひとなんてあまりいないでしょう。

 ぼくは常々不思議に思ってるんですけど、けっこう分厚い本が売れていたりするんですよ。書店にいくとけっこう読むのに時間と手間がかかりそうな本が何十万部も発行されていたりする。そのわりに身近なひとと話をすると、そういった本を読んでいるひとはあまりいなかったりする。たまたま話題にならないだけなのか、買って最後まで読めないひとが多いのか、買って読んだけどひとに話せるほど消化できていないのか。とにかく、ぼくは現代日本社会でなにかを書くにあたっては五分くらいで読めてしまう量がいいと思っているし、書いている僕としても一日に書ける分量をこれ以上増やすのはなかなか難しいことでもあるので、とりあえず一日四千字くらい書いてみて、近しいひとの意見も聞きながらだんだんと改善していこうと思ってます。

 で、何を書くかって話なんですけど、ぼく、勉強するのが大好きなんですね。あとは、ものを考えるのも好きです。だから、基本的にはそういったことを書いていこうと思っています。最近は、世界史、地理、国際政治のことを勉強しています。茂木誠さんという駿台予備校で講師やってる方が書いた『世界史で学べ!地政学』っていう本を買ってきたんですけど、ここ二、三週間はずっとこれを読んですね。ぼく、あんまり頭よくないんでこうやって時間をかけて繰り返し読まないと本の内容が頭に入ってこないんです。もうしょうがないと思ってあきらめてますけど。昔はもっとスピーディーに効率的に情報を摂取したい、吸収したいって思ってましたけど、いつのころからあきらめました。で、自分のペースで読もうと思ってこんなくらいのペースになってます。一冊の本を三ヶ月くらいかけて読んだこともありました。わりと最近ですと、南原繁っていうひとが書いた『国家と宗教』っていう本をそれくらいの時間をかけて読んだ記憶があります。岩波文庫ですね。

 話を戻して、この『世界史で学べ!地政学』っていう本はぼくにとってものすごくありがたい本で、ぼくは高校時代、社会科系の勉強をほとんどしていないんです。世界史の授業は苦痛でしょうがなかったし、テストでは一ケタ台の点数とったりしてました。地理は大学受験で勉強せざるをえなかったので多少知識はありますけど。とにかく、歴史にものすごく弱くて、だからニュースとかみても何が何だか分からなかったんですけど、そうかといって池上彰さんの本はあまり相性がよくなくて、どうやって勉強しようかなあって思っていたところにこの本があって。だから、現代の世界情勢に興味があって、でも池上彰さんの本はちょっとなあというひとにおすすめです。

 もちろん、世界情勢についてある程度のイメージをもとうと思ったらこの一冊だけでは足りないんでしょうけど、ぼくはこの本のおかげで池上彰さんの本も読めそうな気がしてきたんですね。世間では彼の本は分かりやすいとされていますが、ぼくにとってはけっこう難しい。本人がどう思ってるか分かりませんけど、中級者くらいのひとが読むものなんじゃないかって個人的には思ってます。まあ、たくさん本を出されているんで、すべてがすべてそうじゃないと思いますけど。

 と、まあこんな感じでおすすめできる本とか音楽とか映画とかそういうのもあったらどんどん適当に紹介していきたいと思っていますし、このブログが誰かの役に立ったり刺激になったりしたらいいなあと思ってますんで、暇つぶしでかまいませんので読んでみてください。

 それでは、よろしくお願いします。