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ポール・オースター。摂氏二十度の昼下がりに。

Brooklyn

 ぼくは毎日、夕方から夜にかけて一時間くらいジョギングをしているんですけど、そんなにスピードをだしていないので、距離にしたら八キロくらいです。走り始めてからまだ二、三ヶ月しかたっていませんけど、下半身はだいぶしっかりしてきていて、走り始める前は歩いてるときに不安定な感じがあったんですけど、いまはそんなことはなくて落ち着いて歩くことができます。

 

 ゆっくり走りながらだと考えごとをすることができる。あの『超整理法』っていう本で有名になった野口悠紀雄先生なんかはボイスレコーダーに声を吹き込んで、本人いわく「本を書きながら」走ってるそうですけど、ぼくはさすがにそこまで器用ではないので、自然と浮かんできた言葉をもう一度頭のなかで繰り返してみたり、単に言葉と戯れていたりします。

 

 おとといあたりからなんですけど、ポール・オースターの作品のことを考えながら走ってます。ポール・オースターはニューヨーク、ブルックリン在住の作家で、ぼくにとっては映画『スモーク』の脚本家であり、短編『オーギー・レンのクリスマスストーリー』の作者ということで、ぼくのなかのある領域に絶対的に君臨しています。

 

 ひとによっては小説『ムーン・パレス』がいいとおっしゃるんですが、ぼくにとってはそれほどでもなくて、ただこの『ムーン・パレス』のなかに出てくる文章でぼくに強烈な印象をのこしたものがあって、このムーン・パレスっていうのはポール・オースターの母校であるコロンビア大学の近くにある中華料理屋の名前だったと記憶しているんですが、その中華料理屋でフォーチュンクッキーがでてくるんです。フォーチュンクッキーってAKB48の曲名ですっかり有名になったと思うんですけど、クッキーの中にことわざとか箴言とかが書かれた紙きれが入っていて、そういうのをフォーチュンクッキーっていうらしんですけど、『ムーン・パレス』ではこんな言葉が書かれた紙きれがでてくるんです。

 

「太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である」

 

 話の内容は正確に覚えてなくて、でもこのフレーズがものすごく印象的で、読んでから十年ちかく経ったいまでもたまに思い出すんです。

 

 それで、映画『スモーク』の話なんですけど、これはぼくが高校生という多感な時期に観てものすごく影響を受けた映画で、一時期はこれを繰り返しみていました。もともとはクリスマスイブだったかクリスマスの日に『オーギー・レンのクリスマスストーリー』っていうタイトルの短編がニューヨークタイムズの朝刊にのって、それをみたウェイン・ワンっていう映画監督がポール・オースターに声をかけて製作がはじまったっていう話をどこかで聞いた記憶があります。

 

 『スモーク』は相互に絡み合ってるいくつかのエピソードから構成されていて、さっきの『オーギー・レンのクリスマスストーリー』っていうのも一番最後のエピソードとしてでてきます。

 

 それで、この『スモーク』がどういう話かってことなんですけど、まあ、それは直接映画を観ていただくとして、簡単にいうとニューヨークのブルックリンの煙草屋を舞台にした人情話なんですね。落語とかチャップリンの映画を観たあとの、せつないようなあったかいような気持にさせられる、そんな映画です。

 

 このブルックリンっていうエリアも最近ではずいぶんとおしゃれなところになってしまっているようで、この映画にでてくるような牧歌的な雰囲気がなくなってきてるようです。ぼくはまだニューヨークに行ったことがないので、もしニューヨークに行くことがあったらブルックリンのエリアを散策してみたいなって思ってるんですけど、いまだに果たすことができていません。

 

 ポール・オースターの作品の日本語訳は柴田元幸さんという方がやっていて、この方は長い間東京大学の教授をされていた方なんですけど、作家の村上春樹さんなんかと親交が深い方です。この柴田ゼミに所属していた都甲幸治さんという大学の先生がいらっしゃるんですが、この方の『21世紀の世界文学30冊を読む』だったか『生き延びるための世界文学: 21世紀の24冊』だったかどちらか忘れてしまったのですが、この柴田元幸さんの翻訳の話に触れている部分があって、それによると原文の英語の感じと翻訳の日本語の感じでは雰囲気が違うそうですね。たしか、英語のほうはもっと無骨な感じがするっていうことを書かれていたような記憶があります。

 

 ちなみにこの『21世紀の世界文学30冊を読む』と『生き延びるための世界文学:21世紀の24冊』なんですが、どちらも非常におすすめでして、ぜひ書店で手にとって御覧になるといいと思います。どちらも、英語とかスペイン語で書かれた文学作品の紹介になっていて、紹介されている作品自体をよまなくても十分に楽しめる、非常にお得感が高い本です。

 
 夜、寝る前のちょっとした時間に、お酒と少し塩の効いたナッツをサイドテーブルに置いて、ソファに腰かけながら読むといいと思います。まあ、自分がやってることなんですけどね。